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明田富士(香奇館) |
| 秋田市某所→チャリ→秋田市楢山字館越
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毎朝一日一回は見る寮からの風景。線路を隔てて目の前に広がるこの丘。この丘の西側は海岸までずっと平地が広がる。山頂の平らな地形といい妙に城のように思えて仕方がなかった。この丘には明田富士という名前がついている。 |
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自転車をこぐこと5分足らず。「明田富士山登口」と書いた看板にたどり着く。 |
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いよいよ富士山への登頂を開始する。
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えっさほいさ。登山道の途中にある神社で富士登山の無事を祈る。 |
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えっさほいさ。やったー!富士山登頂!!ふもとから山頂まで3分!!!ありがたくねー!!!!山頂には『日本一低い富士山(標高35m)』の看板が。 |
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山頂には幅20m・長さ80m程度の平場が広がる。 |
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山頂からの風景。当日は雨天でもやがかかっていたためはっきりと見えなかったが、晴れていれば確実に秋田市内を一望できる。
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山頂から数えて二番目の平場。幅7m・長さ50m程度か。 |
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山頂から数えて三番目の平場。平場の規模は二番目と同程度。山頂付近を主郭とすれば、それを取り囲むように配置されている。 |
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丘のふもとには太平川が流れている。 |
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太平川は丘の南東方で大きく蛇行し、丘の東側と南側を取り囲むような格好になっている。堀としての役目を十分に果たしうる。 |
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紫陽花と明田富士。 |
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「秋田県の中世城館」によるとこの丘、香奇某という主がいた、れっきとした中世の館跡らしい。現在残っているのは館の東側のみで、西側は江戸時代の城下町形成にあたり削取られ、水田の客土や楢山築地付近の埋め立てに使われたということである。
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明田富士(明日への階)
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