売血V.S.献血の歴史
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S23年 |
東大病院梅毒感染事件→「保存血」使用の必要性 |
| 24年5月 | GHQの招集のもと「輸血問題予備懇談会」が開かれる。 |
| 24年7月 | 「輸血対策委員会」の開催 |
| 24年9月 | 日本製薬が乾燥血漿の製造と供給を開始 |
| 26年3月 | 日本ブラッドバンク(現ミドリ十字)が事業を開始
→売血を基本とした商業血液銀行の発展 |
| 26年3月 | 東京医科大学病院内血液銀行設立
(医療機関における自家用保存血液の確保) |
| 26年5月 | (財)横須賀血液銀行(現横須賀赤十字血液センター)設立 |
| 27年3月 | 北海道立血液銀行設立(公立の血液銀行) |
| 27年4月 | 日本赤十字社血液銀行東京業務所開所
(預血・返血を主とし無償供血制度も加えた体制) →その後10年間で1000人/年に満たない無償供血者 |
| 28年6月 | 千葉県立血液銀行設立 |
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S30年代 |
商業血液銀行が低所得者から血液を買い集める常習売血者を生み出す |
| 35年5月 | 赤十字愛の献血運動月間を展開 |
| 37年10月 | 早大赤十字学生奉仕団による売血実態の潜入ルポ発表
→月十回平均の売血の実態・血液銀行の採決前検査のあいまいさが明らかに |
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上記ルポを受け各新聞社が買血追放キャンペーン記事を掲載
「※黄色い血の恐怖」・・読売新聞 「売血を追って」・・朝日新聞
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| S39年3月 | ライシャワー事件
暴漢に襲われた米駐日大使ライシャワー氏が、治療のために用いられた血液製剤から血清肝炎に感染 →国家の体面上からも売血主体の血液事業を改める必要性が叫ばれる |
| 39年8月 | 「献血の推進について」閣議決定
可及的速やかに保存血液を献血により確保する体制の確立を目指す |
| 39年12月 | 献血者への血液の供給を優先的に行う施策を実施(献血への協力を促すため)
→55年1月まで |
| 40年9月 | 愛の献血助け合い運動スタート |
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S48年 |
商業血液銀行が預血の受け入れ中止 |
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S49年 |
輸血用製剤の献血による原料供給の一本化達成 |
参考文献 「血液事業の歩み」(日本赤十字社刊) など
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