「台風が怖い」という理由をつけてお盆の小笠原はずーっと見ないフリをしてきた。
でも、「1航海では短すぎるし、2航海に行けるだけの休みはもらえない。」が真相。
小笠原丸の運行がお盆の時期はピストンになり、自分の休みと合いさえすれば行けるな・・とも考えていた。
折りしも、この夏は1日お休みをもらえばなんとかなる・・・と思っていた矢先、ダイビング仲間が発売日に小笠原海運に並ぶ旨聞きつけて、便乗させていただいた。
そして、あっさり取れてしまった。
一方、旅行総額は海外へ出かけるほどの金額となりそうだった。
小笠原は東京都だと思っていたが、もしかすると本当はパスポートが必要なのかもしれない・・・
8/10(土、本当は出勤日だがお休みを頂く)
25時間半なんて耐えられるのかな?の心配はあっという間にどこかにすっ飛んで行き、同行の中間達のおかげで退屈する間もなく過ぎてしまった。
乗り込むとほぼ同時にサロンを占拠し、宴会は夜まで続くのであった。
今回は奮発して特2等を利用したが、ベッドに入り、カーテンを引いてしまえば自分だけのスペースとなり、なかなか快適。
この時期の2等はさすがに混雑しており、数人の中間達と一緒であれば楽しく過ごせるかとは思ったものの、初めての一人旅だとすれば厳しいものがありそう。
シャワーも今年からは24時間使えるようになり、予想に反していつでも空いているようだった。
8/11(日)
日の出の時刻には起きられなかったが、気持ちのよい目覚め。
持参したパンとカップスープ、果物の食事をとる。
あまり評判の芳しくないレストランは使用せず、パン、カップ麺、お弁当等を持ち込んだ。
でも、話の種に1度くらいは行ってみればよかったかな?結構長い行列していたけれど。
13時にサービスのお迎えがあり、そのままボートに乗船。
なにがなんだかわからないうちに1本目のダイビング。
なんでこんなにあわただしいの?と不思議に思っていると、出港する小笠原丸を見送る為だとわかった。
何艘かの船が出港する小笠原丸に並走し、見送りの人が船から飛び込むという噂のお見送りを早々に体験した。
泳ぎが苦手で、コンタクトレンズを使っている私は飛び込むことこそしなかったけれど、誰も知った人が乗っていない小笠原丸に力一杯手を振って見送った。
普通に足からや頭から飛び込む人の中で、1回転1ひねりを入れて飛び込んだら、思い切り注目を集めるかも。
8/12(月、夏休み)
前半3日は自炊のお宿に泊まったのだが、昨日はのんびりお風呂に入っていたらお店の閉店時間となってしまった。
今日こそはなんとしてもお買い物へ!との気持ちから、水着に短パンをはいて早々に農協へ出向く。
商品が豊富だという入港日に出遅れたのは非常に痛く、パンの棚には何も残っていなかった。
小笠原でパン屋をやったら繁盛するかな?それとも一家に1台パン焼き器があるの?
近所の小さなスーパーと同じに見えた店内だけれど、野菜の多くがグラム売り。
1袋いくらに慣れた私には、新鮮な驚きだった。更には、日数と献立を考えながら、余分なものを買わないようにの緊張感あふれる買い物だった。(結局、余らせたけれど)
それにしても、店内は冷房が効きすぎて、濡れた水着を着た身体には非常に応えた。そんなかっこで来る奴が悪いんだけれど・・・
明日はケータへ遠出の予定で、出発時間も30分早い。
シャワー、夕食、お弁当の下ごしらえと忙しい。
おまけに、昨日延期になった花火大会の時間も迫ってきた。焦る・・・
盆踊りは我が家の近くで催されるものとほとんど変わりはなかったけれど、砂浜にレジャーシートを広げてのんびり見ることができた花火大会はなかなか優れものだった。
8/13(火、夏休み)
風があり、ケータは残念ながら中止。ガックリ!!
代わりに朝いちで南島に上陸することとなった。
本当に「絵葉書」のような景色で、興奮して何枚も何枚も写真を撮ってしまった。
丘(?)の上に行くのには、もちろん整備されていない細い道の上り下りがあり、息が上がってしまったが、上からの景色は更に素晴らしかった。
更にはカツオドリの赤ちゃんも垣間見ることができ、登った甲斐があったというもの。
砂浜には○×の化石がたくさんあり、持ち帰ってはいけないとの説明は受けたが、持って帰ってしまう人の気持ちもよくわかる。はい、もちろん持ち帰ってはいません!
台風発生・・・
8/14(水、夏休み)
今日は2本潜って、ひとあし先に帰る仲間を見送る。
前回のお見送りと違って今度は仲間が帰る船に乗っているので、振る手にも力が入る。
お見送り後はレンタカーを借りて、島内1週ツアーに出かけた。
島を左回りに、境浦、扇浦、コペペ海岸、農業センター、小港海岸、最後にウエザーステーションで夕日を見る。
まだ水平線に沈みきらないが、レンタカーを返す時間が迫っているので後ろ髪を引かれつつも三日月山を下りた。あと10分もかからなかったのに・・・くすん
8/15(木、夏休み)
風が強くなってきて、明日のダイビングは中止決定。
更には、私達が帰る日の小笠原丸の欠航が早くも決定してしまった。
次の便に変更に行くが、あいにく特2等は満席。ちょうど4人だったので、私は乏しい懐をはたいて、1等に変更。この便はちゃんと来てくれるんだろうな!?
非常に大型で強い台風が、のーんびりと進んでいるらしい。台風のバカヤロー!!
8/16(金、夏休み)
1日中雨で、民宿も台風支度を始める。
玄関にもシャッターが下ろされ、各部屋の雨戸も閉められ、どこも薄暗い感じ。
朝から順次防災無線で、9:30より避難所を開設する、島の道路の一部閉鎖、ゴミの収集の中止、バスの運行の中止等の放送があった。
私達の民宿は海から少し離れたところにあるので波をかぶるわけでもなく、風の向きも違っていたのでそれほどひどい状況ではなかった。
不謹慎ではあるけれど、テレビでよく見るような荒れ狂う海や避難所が見てみたかったが、雨ガッパだけで出歩いてびしょ濡れになるのがイヤで、1日民宿でウダウダしてしまった。
夏だし、シャワーもすぐに使えるのだからやるべきだったか・・?
夜のニュースで避難所の模様がチラッと放映され、やっぱり避難所に行っておくのだったと後悔した。船の欠航が決まっている以上会社は休まなくてはならないし、「可哀相な姿」を力強くアピールするべきであったと、どこまでも不謹慎な私であった。
後で聞くところによると、避難所では一部の人が昼から宴会をしていたとかいないとか・・・

8/17(土、夏休み)
強い風は残っているものの雨はほとんどあがり、民宿のシャッターや雨戸も開けられてほっと一安心。
それでも、母島に渡る船は欠航が決まったとの放送があった。
暇を持て余した私達は、近くの水族館に遊びに行くことにした。
水族館とは言っても本当に小さなもので、10分もあればすべて見終ってしまうのだが、他に行くところもないからか結構賑わっていた。
散歩がてら、大神山公園、大神山神社経由で町まで出ると、やはり暇を持て余した観光客が歩き回っていた。
ダイビングサービスに遊びに行き、帰りがてら避難所となっていた地域福祉センターへ寄ってみると、テレビでよく見かける毛布がダンボールに入って山積みになっていた。
聞いた話では、フリーズドライの五目御飯とクラッカーがくばられたとか・・・
夜のニュースでは毎度おなじみのUターンラッシュの様子が流れていた。
高速道路の料金所、東京駅、羽田空港、成田空港・・・
もみくちゃでもいいから帰りたいよ〜
8/18(日、夏休み)
午前中に宮の浜で1ビーチダイブ。
午後からはまたまた暇を持て余し、一人でお宿の周りに散歩に出かける。
小笠原高校は高台にある立派な建物。その先の釣り浜まで足を伸ばす。
地理が頭に入っていないのでどっち方面に進んでいるのか良くわからないけれど、案内板の矢印に沿って進めば辿り着くだろう。
舗装された道から、木の繁る薄暗い道へ・・・シンと静まり返っていて、不安。
どこへ行くと言ってこなかったしな・・・大丈夫かな・・・誰ともすれ違わないな・・・引き返そうかと考えた頃、波の音がしてきた。
拳大の砂利浜で、海にはシュノーケリングをしている人の姿が見えた。(よかった!人がいた!)
湾になっているので海は静かだった。
帰りは足取りも軽くお宿の近くまで戻ったが、まだまだ3時半。
遠いけれど、亀の生簀があるという海洋センターに足を伸ばしてみる。
海洋センターに着いたのは閉館時間の16時だったけれど、お許しを頂いて入館。
掌より小さな小亀からガメラのような大きな亀までそろっており、短かい時間だったけれど楽しかった。生まれてから1ヶ月足らずの小亀はまだ甲羅もやわらかく、手足を力一杯動かして泳いでいた。
小ぶりなスイカサイズの生後1年程の亀は一人(匹?)前に力強く泳いでいた。台風のため延期になってしまっているが、昨日放流されるはずの亀だとか・・・
ダイビングサービスの前を通ると常連さんたちがおしゃべりをしていて、ここで観葉植物としてよく見かけるパキラの実の種(?)を炒ったものを食べさせていただいた。香ばしくておいしかった。
そこにあるパキラの木は3メートル近くにまで育っており、握りこぶし大の実もなっている。
我が家にある鉢植えのパキラと同じとはどうも考えられないが、葉っぱは確かに同じ形だった。
地面に下ろして大きくなれば、我が家のパキラも食べられるのかな?
庭もないくせに、パキラ食べたさに想像だけはふくらんでゆく。
今日の夜のニュースでもUターンラッシュの様子が流れていた。
本当なら、今ごろは家でこのテレビを見ていたはずなのに・・・
8/19(月、本来ならば今日から出勤!)
今日は夏休み明けの出勤日。
大きな声じゃいえないけれど、8時半にピックアップで今日からボートダイビングも再開。
う〜〜む、いつ、どこで電話しよう・・・
8時半前に先ず1本。上司はまだ出勤していなかったので、一応別の部の課長に状況説明。
8時45分にボートの上から再度電話。先ほどの話が伝わっており、話は簡単に済んだ。
笑ってはいたが、本当のところはどうだったのだろう・・・
ちょっと引っかかるものはあるけれど、帰れないのだから楽しむしかあるまい!
本当なら明日は小笠原最後の日になるはずだったのに、小笠原を通り抜けた台風はゆっくりゆっくり進んで、伊豆七島あたりで遊んでいるらしい。
そんな訳で、小笠原丸は竹芝出港延期を決めた。
民宿の人に聞いても2便連続の欠航は覚えがないとか・・・
おーーい、私達はいつ帰れるんだよー
明日は出港してくれよー
8/20(火、つらい・・・)
台風の進路が東に変わり、どうやら小笠原丸はこちらに向っているようだ。万歳!!
しかし、小笠原の入港時間、出港時間は未だ未定。
明日はどうやら帰れそうなので、同じボートに乗り合わせた人と打ち上げを約束する。
最後を飾る本日の1本目のポイントは雑誌等でおなじみの「ドブ磯」。
安全停止中にマンタが現われてくれるというおいしいダイビングだった。
「見に行っても良いかな?」振り返ると、ガイドさんもフロートを引っ張りながら必死に泳いでいたので、遠慮なく追っかけた。
2本目は「南バラバラ」、やはり最後の方にイルカが出たらしいが、一番遠い場所にいたので皆が何かを追いかけていくところを見ただけだった。ガッカリ・・・
台風でひどい目にはあったけれど、「ケータ」にも行けなかったし、まだまだ見たい魚もいるし、また来たいな。
家や会社で「小笠原禁止令」が発令されなければ・・・
8/21(水、こまった・・・)
朝早くに目がさめてしまったので、散歩に出る。
台風騒ぎの前には久しぶりのラジオ体操にも参加したのだが、すっかり忘れていた。
スピーカーを積んだ車がやってきて、放送を流し始める頃にはあちこちから人が集まりだす。
我が家の方と違うのは、車で送ってもらう人が多いことだろうか。
今日もダイビングに行った人もいるけれど、船の出港時間もどうなるかわからないのでお宿で荷造りに励むことにする。
町の中心地に歩いて向っている頃に、防災無線で小笠原丸の予定が放送された。確認のために小笠原海運に寄ってみると、11時入港、13時出港だと掲示してある。
農協でお土産を買足し、自分のためにドラゴンフルーツと島レモン、島からし味噌を購入。
モンステラというとうもろこしに似た果物にも心が動いたが、どんな味でどんな食べ方をするのかが不安で購入に踏み切れなかった。
ダイビングに行った人たちは慌しいだろうな・・・と思いつつ、本格的に荷造りに励む。
そして、やっと船上で見送られる人になれた。
どこまでも並走してくれるこの見送りをされちゃうと、きっと皆「また、来よう!」と思うんだろうね・・・わかる気がする。
帰りの船では、ダイビングで一緒になった常連さんグループのところに入り浸り、「シャシャップ」なる果物をご馳走になる。
見た目はイカツイが、食べ頃とのことで皮も簡単に手でむけ、恐る恐る頂くとこれが「おいしい!!」
甘酸っぱいヨーグルトのような、いかにも南国の果物といった味。
う〜〜ん、次回はこれを買って帰ろう。
種を一つ持ち帰ってきたので、ダメもとで植えてみた。
「船内見学ツアー」に参加する。
機関室の説明は難しかったが、見て歩くのは楽しかった。
操舵室では説明を聞いた後に、船長さんの帽子をお借りして記念撮影。実はこれが一番楽しかった。
最後の晩にもダイビングで一緒だったメンバーが入れ替わり立ち代り集まって、話に花が咲いた。
長すぎる夏休みではあったけれど、これで終わるとなるとはやり名残惜しい。

8/22(木、席はまだあるか・・・)
12泊13日、社会人になってこんな長い休みを取ったのは初めてだ。
移動時間は長いけれど、飛行機の移動と違って歩き回れるし、横になって眠れるし、思いのほか身体は楽だった。
最大の欠点は、交通手段が限られるため、今回のように台風に直撃されると平気で3〜4日も延びてしまうことか・・・
復路は台風の影響が残って揺れるかと思ったが、往路より少し揺れた程度で酔うほどでもなく、用意しておいた酔い止めの薬は手付かずで残ってしまった。結構船には強いのかな?
昼前には東京湾に入り、見慣れた風景になった。
あんなにきれいだった海も、このあたりではすっかり汚れている。
次にきれいな海に潜れるのはいつになるだろう・・・
8/23(金、どんな顔して行こうか・・・)
久しぶりに化粧をして、スカートとストッキングと靴を履いて、いつもより2本早い電車に乗った。
いつもは社会復帰に手間取る私だが、今回はすぐに順応したのは言うまでもない。
補
小笠原到着日、海保のボートの指示で水路を開ける中、自衛隊の水上飛行艇が二見港に着水するのを見た。岸壁では救急車が待っていた。
帰りの竹芝では、小笠原丸から救急車に乗り移る人を目撃。後者は船内で具合が悪くなったのか、小笠原からの搬送なのかはわからないが、きびしい島の生活の一端を見た気がする。
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