何やら得体の知れない小物がたくさんいるというレンベに行ってみたかった。
そんな折、ダイビング仲間が「レンベって面白そうだよね。」と言うのを聞き逃さず、「面白そうだよね〜、行ってみたいよね。行かない?」と一気に話を進めてしまった。
旅行社との交渉が面倒という人もいるが、私の場合そんなこともなく、「この日から、この日まで。行き先はここで、リゾートはここ。予算はこれくらい。」とメールを旅行社の担当に送りつけるだけである。
今回はGWだったので、お休みの配置を若干考えなくてはならなかったが何とかクリアできた。
10連休にできなかったのは非常に残念だったが、仕事の関係上1年のうちでその時期が一番忙しいのでここは目をつぶろう。
後は体調を整えて、その日を待つのみだ。
今回は成田→シンガポール→マナド→レンベ(クンクンガンベイリゾート)の移動となる。
成田→シンガポールは、昼便、夜便があるが、今回はのんびりするために昼便を利用した。
今回のバディのダイビング仲間が関空から同じくらいの時間帯にシンガポールに着いて、シンガポールで食事をするとの話を聞いて、ご一緒させていただくことにする。
彼女はきちんと下調べをして、さらには「るるぶシンガポール」まで持っていた。私たちは希望のみを伝え、ただただ後からくっついていくだけでおいしい食事にありつくことができた。
チャンギ空港から地下鉄を乗り継ぎ、いわゆる屋台村に着いた。席に案内され、料理とビールを頼み、ダイビングの話に花が咲いた。
おなかもそこそこいっぱいになり、デザートを物色に行く。何度も東南アジアには足を運んでいるが、きちんとドリアンを食べたことはなかった。今回がまたとないチャンスと思い、探してみるがあいにくカットされたドリアンはなかった。見つけたのはドリアンの乗ったカキ氷だった。
シンガポールはしっかりとした近代国家だし、衛生状態もしっかりしているとは思う。
がしかし、場所が変われば水も変わる。これから旅行が始まるのに、おなかを壊すのは勘弁だし・・・と少々腰を引いた状態ではあったが、ドリアンとマンゴーとロンガンのカキ氷を3人で頂いてきた。幸い誰もお腹を壊すことはなかった。
帰りがけに芝生にいたYOGAのおねー様方と記念写真を撮る。コレっていったい何者?

トランジットホテルをチェックアウトすると、そのあたりには夜便で着いた顔見知りのダイバーたくさんいた。
さらに空港内を進んでマナド行きのゲートに着く頃には、顔見知りがさらに増え、お酒もないのにすでに宴会モードだ。
マナドの空港のビザ発給窓口の前にいたっては、日本人の行列が階段を埋めて日本語が響き渡っている。
これってかなり異様な光景かも・・・
ダイビング
今回、とっても会えるのを楽しみにしていた魚が2種類いる。
ひとつは「フェアリーフロッグフィッシュ」で、もしゃもしゃのイザリウオだ。
2本目のダイビングであっけなくご対面となった。白い個体で、エスカをぶんぶん振り回していた。
必死に何枚かシャッターを切った後、ふと我れに返り、次の人に譲らなくては・・・と振り返ると誰も待っていない。
なんだ、それじゃあもう少し撮るかと向き直ると、大あくびをしている最中だった。
「!!!」決定的な瞬間を逃してしまった!!誰かに譲ろうなんて優しい気持ちを持つんじゃなかった!これからは引き離されるまで張り付いてやる!!と後悔の涙を流すのだった。
もうひとつは「プテラポゴン」とか「バンガイカーディナルフィッシュ」とか呼ばれる「テンジクダイ」の仲間である。
これは翌日お目にかかることができた。事前に「たくさんいるんだから、がっついて撮るんじゃないよ。」とのアドバイスを頂いていた。
そのダイビングの後半にやっとバンガイのいる場所にやってきた。ベストポイントは人が一人着底できる位のスペースしかなかったので、先に進んでいたバディがその場で撮り始めた。
初めはその近くで待っていたが、気持ちが焦っていた私は、バディの横の枯葉が茂っているような場所に目をつけた。
枯葉(の様なもの)を手で払った瞬間、「バチバチ!!」と目から火花が飛んだ。グローブをしていなかった左手にたくさんの棘が刺さったような痛みが走った。
手を見てみると確かに何か細い黒いものがたくさん刺さっている。「あぁ、また余計なことをしてしまった・・・」手を振りながら(振っても取れるはずはもちろんない)その場を離れた。
漂っていると同じボートの別のグループの人が呼んでくれて、コブシメを教えてくれる。
痛くてそれどころじゃなかったけれど、せっかく呼びに来てくれたので1枚だけ写真を撮っていたら、バディが写真を撮り終わったようだった。
どうして、これくらいの時間が待てなかったのだろう・・・空いたその場へ着底して写真を撮り始めたが、ストロボの位置を合わせることを忘れており、真っ黒な写真の大量生産に終わってしまった。
ボートに戻って聞いてみると、バディも何かに刺されたよう・・・「あぁ、ごめんなさい!みんな私が悪いのです!」
何かに刺された左手は、リゾートにいるうちはただただひたすら痒かっただけだが、帰る頃には赤く腫れてきてしまった。
シンガポール空港の薬局で何か薬がないかと聞いてみるが、一目見て「医者に行け」と言われてしまった。
家に帰る頃にはひどく刺されたところは水ぶくれになっていたが、帰国後は残業になってしまいかなかなか医者に行けないでいた。皮膚科にたどり着いたのは、刺されてから6日後になっていて、人前に出すにはかなり恥ずかしい手になった頃だった。
医者に説明しようにも、本人でさえ何が起きてこうなったのかはわかっていない。飲み薬と塗り薬を大量に頂いて帰宅する。
2日後に再診すると、また別の飲み薬と塗り薬を頂くこととなる。しかし、この2度目の薬が効いたのか、そろそろ治る時期だったのか、だんだん水ぶくれが落ち着いてきた。
今でもまだ痒みが残っている指を掻きながら、あの時、手元にあったのはいったい何だったのだろう? と考えている。
刺されたのは5月2日。下の画像は左から順に5月8日、13日、20日。
きたない手をお見せしてすみません。

さ〜、これがレンベでの最後のダイビング。
エントリーすると足元がスカスカする。「げげ!」フィンがない!私ってばフィンを履かないでエントリーしちゃったんだ。
大急ぎでボートに取り付いて、ボートスタッフにフィンを取ってくれるように頼む。一度引っ込んだ顔が戻ってきて、「何色のフィンだ。」と聞く。何色って、そこに残っているフィンだよ!と思いつつ、「ブラック、ブラック」と叫ぶも、困った顔をしながら、「どんなのだ?」と聞く。
やっと梯子を下ろしてもらって、ボートを覗き込むと確かに黒いフィンなど、影も形もない。
「?????」予備のフィンを借りて、履いた瞬間「!!!」、思い当たることがありバックロールでエントリーしたあたりを見てみると、「やっぱり!」
水底に私の黒いフィンが2つ、転々と落ちている。フィンは確かに履いたけれど、ストラップを締めることなくエントリーしたので、水面に落ちた瞬間に両足とも脱げて、落ちたわけだ・・・
黒い自分のフィンを回収し、履き替えて、予備のフィンを返して、やっとバディの待つあたりへ泳いでゆく。
「どうしたの?大丈夫?」と聞くようなバディに「OK」サインを出して、やっとダイビングが始まった。
フィンを履かずにエントリーしたこともある。
タンクを開けずにエントリーしたこともある。
シュノーケルをくわえたまま潜行したこともある。
でも、これが一番恥ずかしい失敗かも・・・まぁ、笑い事で済んでよかったけれど。
ダイビングスタッフの人数もかなり余裕があり、私のグループでは4名につき1名のガイドがついた。
ガイドたちの器材もきれいだったし、おそろいのウエットスーツもくたびれていなかった。
定期的なお休みももらっているようで、短い滞在だったが何人かのガイドやボートスタッフから「明日はお休みだから一緒に潜れない。」と言われた。
国内外に限らず、小さなサービスではそんなことは言っていられない。繁忙期はお休みもなくボロボロになるまで働いている。だからなのか、ガイドの定着率も非常に良いとの噂も聞いた。
まぁ、確かにお安いリゾートではないのだが、すべてにおいて大変気持ちの良いサービスではあった。
ただ、ダイビングスタッフと話をするのはダイビングの前後に限られてしまい、食事の後等にのんびりといろいろな話をしてみたかった気もする。時間外勤務はまずいかな?
右の画像はダイビングマネージャーご夫妻の飼っているワンちゃん「チンタ」
クンクンガンベイリゾート
リゾートにはきれいなプールがあった。
以前行ったマレーシアのラヤンラヤンのリゾートでは毎朝プールサイドに並ぶチェアーの争奪戦が繰り広げられたが、ここではいつも閑散としていて、後半入ってきたフランス人ファミリーの専用プールとなっていた。両親は同じボートに乗っていたが二人の子供はダイビングをしないらしく、派手に飛び込んだり、のんびり浮いていたりしたし、ダイビングの合間には両親も傍らで読書をしている姿を見かけた。あぁ、優雅なリゾートに見える。
ダイビング目的で来た日本人、アメリカ人達は、ダイビングが終わると自分たちの部屋に引き上げてしまい、次のダイビングの時間になるまでまったく姿を見かけなかった。あっ、もちろん私もだが・・・
私が訪れたダイビングリゾートの中では珍しくランドリーサービスがあった。
ダイビングサービスでもダイビング毎に大きなバスタオルを用意してくれる。(生乾きだったのはご愛嬌)
私たちが使った二人用の部屋はこんな感じ。
いわゆるリビングルーム、ベッドルーム、トイレ、シャワールーム。
当初旅行社からの資料に「ダブルルーム」とあったので、問い合わせをしたところ、リゾートからは「ツインルーム」の返事があった。
にもかかわらず、案内された部屋にはダブルベッドがで〜ん!と鎮座していた。
ツインルームに換えてくれと交渉するも、あいているツインはないと断られ、エキストラベッドを入れてくれることになった。
しかし、運ばれてきたのは結構ちゃんとした藤のシングルベッドで、ゆっくりと休むことができた。
隣の部屋はシングルユースだったけれど、どんな部屋だったんだろう?聞いてみればよかった。

食事は、朝食と昼食がブッフェ。夕食は各自がメニューから好みのものをオーダーする。
インドネシア料理あり、イタリアンありで、まぁ困ることはなかった。英語の苦手な日本人向けに日本語のメニューもちゃんとあったので、非常に助かった。
今回は、日本人ゲストのお誕生日あり、私のアニバサリーダイビングありで2度もお祝いのケーキを頂く機会に恵まれた。
ここのケーキはスポンジ地にジャムを挟み、バタークリームでデコレーションしてくれる。素朴だけれど、なかなかおいしいケーキだった。
画像は左から、5月3日の昼食、5月3日の私が頼んだ夕食、お祝いのケーキ。

トランジット
マナドの空港では、現地の人がタバスコをたっぷり振りかけておいしそうに食べていた麺類を頂いた。さっぱりした麺でおいしかった。
現地生産のPOLOを買いあさり(セール中ということもあり、驚くほどの安さだった。頼まれていた父のポロシャツを2枚、自分のポロシャツとTシャツをご購入。後日郵送されたカードの引き落とし金額は約¥4000だった。また、買いに行こうって思えるところじゃないのはちょっと残念。)、トラジャコーヒーを買占め、バディが見つけてきたピーナッツを固めたようなお菓子をつまみながら有意義な時間を過した。
復路のシンガポール空港では、5時間半の待ち合わせ時間がある。
2時間のお買い物タイム、トランジットホテルでのシャワータイムを経て集合し、軽食をとって機中の人となった。
しかし、2時間のお買い物タイムが結構やばかった。
何を買う予定があるわけでもなくフラフラしているのが一番いけない。化粧品を買い足し、前回教えてもらったドラッグストアでも買い物を楽しみ、余った時間でついついHマークで有名なブランドショップへ足を踏み入れてしまった。
店員さんには「見るだけね。」と言いながら入ってきたのに、目は無意識のうちに何年か前に買い逃した指輪を探していた。
じゃ〜ん!あってしまった。
くっついてきた店員さんは、私の動揺を見逃さず、どんどん攻めてくる。気になる指輪に、それに近いデザイン、さらにはまったく違うものまで並べ、「試してみろ。」と次々に手渡してくれる。
しかし、私の手は腫れており試せる状態ではないのだ。それを理由に断れば断れたのだが、私の中の「欲しい、欲しい病」に火がついてしまい、日本からしてきたピッタリサイズの指輪を渡して、同じサイズをさがしてもらう。
やっぱりあってしまった。あ〜ぁ買っちまったよ・・・
棚には魚の柄のビーチタオルがディスプレイしてあった。分厚くて大きなそれは、バスタオルのくせに$400以上の値段がついていた。
いったいどんなお方が購入あそばされるのであろう?もちろんこれは買わずに帰ってきた。
成田まで帰る3人が集合して軽食を取ることにした。
話の種にシンガポールのお寿司を買って食べてみる。コーンの軍艦巻きなるものを試してみた。決してまずくはないが、「びみょー」なお味ではあった。
シンガポール空港の5時間半もこうして有意義(?)に過したのであった。
画像はマナドの空港で買った猫のドアストッパー。かなりのお気に入り。