時々自分がわからなくなる。
深いところに、闇を感じる。
同情が欲しいわけでも、共感が欲しいわけでもなく、
ただ、聞いて貰いたい。
自分を理解する術の一つとして。
が、犯人が見つからず、
クラス全員を椅子の上に正座させた担任が
「この前の下着を落とした時といい今回といい、なぜ、自分で反省し
自主的に言い出さないのか」
と、説教をはじめたので
私は反応してしまう。
シュミーズを落としたのは私だったから。
担任は、小さく震えた私をジッと見つめていたが
そのまま視線を外し、全員正座を解いていいと言った。
2学期終了前に、3者面談が行われた。
保護者、生徒、担任で、これまでの授業態度、
今後の生活方針などが話し合われる。
その席で、担任は私に例の給食費の事件についてどう思うかと聞いてきた。
母親にその話をしていなかったので、
きょとんとしていたが、かまわず担任は私に聞いた。
「わかりません。私じゃないです」
聞かれた答えと違う返答だった。
担任は、何かを確信したかのように微笑むと
次の話題に切り替え、母親に話しだした。
4年生もその担任の先生に受け持って貰う予定だったが
彼女の都合で転任が決まり、
その後、会うこともなくなってしまった。
3年生の3学期、4年生の1学期と、
私の成績は以前と比べ物のにならないくらい落ちていた。
私自身は真面目に授業を聞き、テストで平均点を収めていたが
担任の先生の中で、私が変って見えたのかもしれない。
私は何も変っていない。
彼女の後任の先生が成績表を見て、首を傾げた程度の問題だ。
小学校の夏休みには、プール解放が行われていて、
私は足しげく通っていた。
自宅から小学校までの距離は、約300m位で近かったのだが
通学路とされてる一部に、
中学校建設予定地横の薄暗い細い道があった。
建設予定地は白いトタンで囲われていて、
道幅2mほどの、もう一方は工場のブロック塀で囲われていた。
昼間でも陽射しが弱く、湿気た印象である。
その道を100mほど抜けると直ぐ小学校だったのだが、
華やいだ子供の声は、その道には聞こえてこず
隣の工場の機会音だけが、やけに響いていた。
普段なら、学校には集団登校というシステムが決められていて
数人の小学生が高学年の班長さんの持つ旗について歩き、
賑やかであったのだが
夏休みのプール解放は、自由登校であったので
私は1人で歩いて通っていた。