真夜中

藤崎純次郎




 最近スナックでアルバイトを始めた。
 いわゆる「お水」の仕事である。
それがムチャムチャ面白いのである。正確に表現すると、スナックという空間が僕にとって居心地が良いのである。
まだ始めて二週間ほどだが、そこで見た女の素顔を裏側から迫り、僕が感じた事をありのままに報告したいと思う。

 それは最初はものすごく期待したものがある。
男だったら、「仕事場で周りが全て女ということは、この上なく幸せだ」と思うほかに何があろうかと、アルバイト情報誌をみたときに思ったものだ。
しかし実際はそんな期待をした事自体が罪だったのである。

 そのお店には十人の女性が勤めている。上は四十に近い人から二十代、現役の女子大生を経て、「おい君、他にする事あるんとちゃうか?」と言いたくなるような十代の幼い顔をした女の子(店では女性全員に「女の子」というが、それは僕に言わせると間違いで、その十代の彼女にしか当てはまらないと思う。まぁ、誰が見てもそう思うんだろうが・・・)
 もちろん彼女達の歳については正直「だまされた!」としか言いようがなかった。
第一印象はその四十路手前の「いずみさん」以外は(ママと賄で来るおばちゃんは五十代だが)みんな僕とそう歳が変わらないものだと信じていた。
ところがである。ところが、こういった女性だけの職場というのは裏表が激しく、お互いが陰で罵り合っている。

僕はその中で中立な存在(らしく、僕がいても平気なようだ)なので「聞かザル」を装ってコップを拭いているだけであるが、そこで飛び交う言葉は、僕には刺激が強すぎ、下痢を催して便所に駆け込んでしまう。

話は飛んだが、その激しい会話の中でついばんでみると、先にも書いたように、十九歳の女の子と女子大生以外は、もう三十歳に近いのである!!
彼女たちの言葉を借りると、「鉄板を身につけ」ているからだそうだ。
そんな衝撃を抱きながら詐欺師のような彼女たちと接していると、ある日、「チーフ(一応僕に対する呼び名)は、歳いくつなん?」と聞かれたので、正直に「二十三です。」とあんまり関わりたくないように答えると、「うそォー、老けてんなァ!!」だと。
「同じ穴のムジナだったのかよぅ。」思わずこぼしてしまったのを、すかさず年増のいずみさんがドスを利かせた声で「何がッ?」と突っ込んでくれたのは、また別の喜びであった。

 そんな世界ではみんな素性を話したがらないようである。
昼間は何をしているとか、つまりプライベートに関しては誰も触れないのである。
だから自然と嘘の一つや二つは許されるのであろう。そのことと仕事は別のものなのである。
かくいう僕も、実は就職活動に失敗しつつ立命を出たフリーターという事になっている。
いわば一つの顔である。(ここで正当化させてもらうと五回生になっていろいろバイトを探したが、留年している人は雇ってもらえないんだな・・・だからこの嘘も愛敬だという事にしている。前期卒見込みだし、大学を出たら実家に帰って親父の会社で勤めることになっているから、八月あたりに親父に倒れてもらう事になるだろう。)

 僕の事はこれくらいにして次は、店の女の子(この場合、店に勤めている女性全員をいう)の中で、仕事が終わった後に疲れた顔をしてタバコを吸いながら、素顔を少し明かしてくれたチエさんについて述べようと思う。
チエさんはどちらかといえば、少し肥えた感じの人であるが、その体つきのとおり実に落ち着きのある、肝の座った、貫禄のある、いや、いわゆる「姐御ぉーッ!」と呼びたくなるような人なのである。
でもこの人が一番親切ですね。とりあえず周りの空気が読めている。だから行動に説得力がある。
そんなことをカウンターの内側でコップを拭きながら彼女を観察していて思ったのだが、その彼女が、いつもは仕事が終わるとすぐに帰ってしまうのに、ある日、僕が独り閉店後の後片付けをしていると、雨が降っていて傘が要る、と戻ってきたのである。
ほんと、その時は驚いた。貫禄のある人と同じ空間にいて、何を話せばいいのだろうかとたじろいだ。
ところがそんな僕の不安もかき消してくれたのは、彼女の何気ない言葉だった。
「もう慣れたか?」それがきっかけとなって、いろいろな会話に展開する事ができたのである。
ほんと「姐御ぉーッ!」だよなぁ。そこで彼女の口から出てきた言葉は、僕にとって信じられないものであった。
何というか、リアルでかつ恐ろしいものであった。まず経歴が一般人と違う。
 「ホンマ、十代は何でもしようて思てたから、実際うち、裏の世界に居たしな…」
 「裏の世界とは地下に潜ってたんですか?」僕は彼女が活動家だと思った。
 「そんなんちゃうわぁー!」
 「じゃあ何ですか?」
 「ヤクザの女やってん。もちろん今はちゃうけどな。」

 彼女曰く、どうやら二十歳になるまでヤクザの女やってて、いろんな恐ろしいもの見てきたから、そろそろ辞めて日の当たる世界で生きなくてはいけないと、縁を切る事を決心したそうである。
もちろんそれは生半可なものではなかったようである。
今は旦那だった人は「(刑務所か拘置所に)入っている」から滅多にないが、その周囲の人に遭うと、「何で辞めたんや」みたいな事を言われ絡まれるらしい。
それでもこっちは必死だから、「あんたとは生きてる世界がちゃうねん!!」と、先日も飲み屋で喧嘩したそうだ。
更正するにあったって、表の世界で何か目標になるものを定めようと、看護婦を目指し、実際五年勤めたが、去年その世界との腐れ縁が原因で辞めたという。
今でも前の旦那さんが塀の中から手紙をよこしてくるので困るらしいが、「そんなもんっ」はやぶって捨てるそうである。(嫁や子供よりも面会に来てほしいそうである。)

 それだけならなんとなく自分の過去を適当に大きく言っただけだと思うが、具体的にその裏の世界の言葉は、僕を凍らせた。
兎に角『代紋TAKE2』(−講談社刊−最近人気のタイムトリップ・ヤクザ漫画。パンチパーマの店のマネージャーも愛読している。)に出てくる言葉そのものが、疲れて深く吸い込んだタバコの煙を吐き出しながら、彼女の口から出てくるのだから仕方がない。

 「小鉄と山口組の抗争のときは何人かうちの知ってる人もタマ(霊という字か?)取られたんやんか、でな、義理事(ぎりごと・一般人の言う冠婚葬祭の儀式)が一番狙われるねん。
上のモンが葬式の表に立つやろ、そん時にも、タマ狙われるねん。せやからうちの男とか若いモンが飛び出て行かなアカンさかいに、あん時はそんなんばっかりや、うち眠れへんかったで。」

 「周りは皆やってた。そんなもんみんな幻覚見てるんやから、何されるか解れへんし、何言うてるか解れへんやん。
そんなとこ居りたなかったで。うちは絶対手つけへんかった。やったとしても葉っぱかシンナーぐらいやろ。
シンナーでも看護婦の勉強してるときにな、ホンマ困ったでェ。覚えなあかん事も、五分経ったら忘れるねん。
もう何年も経ってるんやで・・・」

 「そんなの簡単に手に入るんですか?」
 「あったりまえやん。ゴロゴロやで。あのアホ(彼女は遠くを見ながら。恐らくかつての仲間の事だろう。)はまだ止められへんねやッ。
(中略)せやからお客でおるやろ、『エエ薬あるで』とか嬉しそうに言うてるヤツ、マジ、ムカツクねん。何も知らんとアホやでホンマ。
うち絶対その話なったら、テーブル変わるねん。アンタも手ぇ出したらアカンで。」

 さすがにこんな話を聞き続けると(刺激が強すぎて)疲れた。
だから打ち切ろうと「もう着替えていいですか?」、そんなこと訊ねないといけない自分が情けなかったが、最後に一言彼女はこう括った。
 「この店でうちの事知ってんの(他に)誰もいいひんで。」

 この話が嘘だといえばそれまでだが、僕は正直衝撃を受けた。
なにせチエさんは貫禄があるんだもん。担がれたのかどうかはわからない。
だが、チエさんにとってはこの店で僕だけに示した顔(一つの側面)である事に違いない。
だから毒舌のいずみさんが聞こえるようにチエさんの陰口を叩いても平気でいられるのだろうし、なにしろ周囲でこんな奇特な過去を持ついい人がいることを、僕は信じたい。
今度ちょっと勇気を出して、チエさんに「姐御っ!」と呼んでみようと思う今日このごろである。(刺されるかなぁ)

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