真昼の説教


                  

登場人物     男・子供

劇的エッセイ
「真昼の説教・春」

一幕一場



春うららかな公園。舞台上には四人用のベンチがひとつ。その横には大きな
時計が午後一時をさして立っている。
ベンチには男が一人で座り、満開の桜を眺めるように上手(かみて)を見つ
め煙草をふかしている。下手(しもて)より、缶ジュースを二つ手に持ち、
子供が登場。

  男「やあごめんね、困ってたんだよ。この辺わかんなくってさ、場所が。
    自販機がどこにあるかなんてさ」
 子供「はい」
  男「ありがとう」
 子供「おつり」(手をさしだす)
  男「いいよ、いいよ。お駄賃だから」
 子供「でも」
  男「いいから、いいから。でも君の母さんには…」
   (男、口に指を立てて『シーッ』)
 子供「(あいまいに笑い)飲んでいい?」
  男「いいよ、よし、乾杯だ。杯を乾すと書いて乾杯だ!ハハハハッ」
 子供「……」
  男「乾杯…」

二人、乾杯する

  男「さっき犬がいたでしょ。おじさんさあ、この間からずっと」
 子供「(遮って)よく会うよね、僕ら」
  男「えっ」
 子供「何しにきてんの、セールス?」
  男「違うなー。そう見える?」
 子供「昼間にこんな所うろうろしてる人はセールスか社長か落伍者だよ」
  男「…厳しいなあ。落伍者か」
 子供「違ってたらごめんね」
  男「いやあ、子供にしちゃいいとこついてるよ」
 子供「もう子供じゃないよ」
  男「そうだよな、もう十才だもんな。立派な大人だな」
 子供「えっ。なんで知ってるの?」
  男「ハハハハハハッ。おじさんは演劇をやってるんだぞ」
 子供「へー」
  男「知ってる?演劇。観たことある?」
 子供「観たことないけど聞いたことあるよ。うちのママも昔やってたんだ
   って、演劇」
  男「そうなんだー」
 子供「昔は燃えてたらしいよ、演劇に」
  男「そっかー」
 子供「じゃ、おじさん、今でも燃えてるんだ」
  男「えっ?」
 子供「だって演劇やってるんでしょ」
  男「どうなんだろう…、難しい事聞くね、君」
 子供「そうなの?」



      間




 子供「楽しいの?演劇やってて」
  男「(意を決したかのように立ち上がり)演劇というのは嘘なんだよ」
 子供「え?おじさん嘘ついたの?」
  男「そうじゃなくて、演劇というのは嘘なんだ、うーん。つまり、演劇
   っていうのは定義づけしてみるとだ、人が書いたお話を、人間の体を
   使って立体化して観客に見せるために皆で集まってそのお話を理解し
   て、台詞を覚えて、特定した時間と場所で、灯りや音の助けを借りな
   がらそこに来てくれた人に見せるという行為の事なんだ」
 子供「ようするにお芝居でしょ」
  男「うん、そうだね。だから人が書いた話、まあ戯曲って言うんだけど、
   それは本当には存在しない話なんだ。いくら事実に基づいて書いた話
   しだとしても、やっぱり書いた人の視点なり美意識が反映されちゃう
   から事実になるわけなんかないんだ」
 子供「そりゃまあそうだね。映画とかもそうだよね」
  男「ハハッ。でも映画よりも演劇は、お客さんの目の前でやっちゃうわ
   けだから、さらに嘘っぽいんだぞ。ハハハハハハッ」
 子供「(つられて)ハハハハッ」
  男「ハハハハハハッ。ざまあみろだ、ハハハハッ」
 子供「…ねえ、演劇嫌いなの?」
  男「そんなことないさ、大好きだよ。(座って)君は、あれだ、ハンバ
   ーグとか好き?」
 子供「おじさんの喋り方とかさ、なんか芝居じみてるんだよね。演劇やっ
   てる人ってみんなそうなの?」
  男「芝居じみた…」
 子供「別にいいんだけどさ」
  男「それはオーバーって事?」
 子供「そうだね」
  男「(ニヤリと笑い)『芝居じみた』って言葉さ、悪い意味で使われて
   るよね。でも本当のお芝居、つまり演劇の中でも『芝居じみた』って
   のは良い意味じゃ使われないんだよ。それは何故かっていうとさ、演
   劇というのがより日常的なものを追及するようになってきた、という
   のがあるからなんだ。だから役者の演技はその為に普通の人っぽいや
   つなんだけどさ」
 子供「じゃあ、おじさんにはリアリティーがないんだ」
  男「え?」
 子供「芝居じみてるからさ」
  男「……」
 子供「リアリティーがないとだめってことはさ、おじさんはだめなんじゃ
   ないの?」
  男「(苦笑いしながら)おじさんの事、…嫌いかな?」
 子供「いや、別にちょっと思っただけの事だからさ」
  男「そんなにないかな、リアリティー」
 子供「そんなに気にしないでよ」
  男「…やっぱり、リアリティーないとだめかな」
 子供「え?」
  男「リアリティーか…」
 子供「そっちから言ったんでしょ、リアリティーないとだめなんだって」
  男「でも、でもだよ、君の言うリアリティーっていうのはどういったも
   のなの一体?」
 子供「だからそっちから言ったんじゃないか、リアリティーって言葉」
  男「僕の演技におけるリアリティーっていうのはさ」
 子供「演技の話じゃなくて、おじさん変だって事を僕は言いたいんだよ」
  男「……つまり僕に無いのは『おじさん』というもののリアリティーっ
   てこと?」
 子供「もうよくわかんないけどさー」男「リアリティーっていうのはさ、
   言っちゃえば、らしく見えるって事なんだよね。『おじさん』のリア
   リティーっていうのは『おじさん』らしく見えるかどうかって事なん
   だよ。だけどさ、考えてみてよ、『らしく見える』って事はさ、世間
   のおじさんの平均的なイメージ、どういうものかわかんないけどさ、
   ただその平均的な、そうだな……やっぱりよくわかんないけどさ、た
   だそのイメージなだけあって…うん、単なるイメージなんだよね」
 子供「それで?」
  男「おじさんらしくないおじさんがいても、別におかしくないんじゃな
   いかって思うんだよ」
 子供「うん」
  男「だってその人は『おじさん』らしくなくても本当に本物のおじさん
   なんだから」
 子供「確かにそうだけど…」
  男「リアリティーって言葉だけにとらわれてその人の『本当の姿』みた
   いなものを見失っちゃうってのはどうかと思うんだよね」
 子供「うん。」
  男「かと言って『おじさん』らしく見えないようにしようとして僕がミ
   ニスカートをはいたりしたら、それは逆の意味のリアリティーを追及
   しようとしてる意図が見えてしまうんだよ、もうそれは『おじさ<ん』
   じゃないからね」
 子供「『変なおじさん』だね」
  男「変なおじさん、だから変なおじさん(歌う)」
 子供「何それ?」
  男「え?知らない?変なおじさんだから…」
 子供「知らないよ」
  男「だっふんだ」
 子供「ねえ、スカート?」
  男「え?何?」
 子供「ミニスカートどうのって話がよくわかんないんだけど…」
  男「え?ああ、まあ、演技術話なんだけどさ」
 子供「……」
  男「僕らはさ、悲しい時にはどうすると思う?」
 子供「何?」
  男「どうすると思う?」
 子供「泣くんじゃない?やっぱり」
  男「そうかな?本当はさ、悲しい時には泣いたりしないんじゃないかなっ
   て思うんだ。でも『悲しい』っていうのを表現するのに一番皆がそうす
   るだろうって納得できる行動が『泣く』って事なんだよね。演技術とて、
   『悲しい時に泣く』っていうのは単なるイメージをなぞってるだけであっ
   てそこに本当の意味でのリアリティーは無いと思うんだよね」
 子供「本当の意味のって?」
  男「つまり、偏見にとらわれず、その人物そのものの…個性、かな。誰
   にだってその人なりの個性があるわけじゃない、やっぱり。その役柄の、
   と同時に役者の個性が一つの舞台に見えた方が演劇として深くなると思
   うんだよね、うん」
 子供「……リアリティーとかそういうのはよくわかんないけど…」
  男「けど?」
 子供「……僕は悲しい時はやっぱり泣くって思うよ」
  男「でも最近の子供は結構ドライだって言うじゃない?」
 子供「……(笑って)よくわかんないや」
  男「…そうか、悲しい時は泣くか…」
 子供「あのさ…」
  男「ん?」
 子供「おじさん時間ある?」
  男「え?なんで?」
 子供「今から僕の家にこない?」
  男「え!?」
 子供「僕難しい話よくわかんないけどさ、…多分、多分うちのママなら解
   ると思うんだよね。だってほら」
  男「ちょっと待ってよ…」
 子供「(何故か必死に)だってうちのママも昔演劇に燃えてたんだもん、
   おじさんの話も解るんじゃないかな、それにきっとママだって喜ぶと思
   うし」
  男「いやそんな」
 子供「(立ち上がり、上手に移動しながら)ねえ、行こうよ、時間あるん
   でしょ、ね?」
  男「でもそんな、君のママだってびっくりするに決まってるんだしそれ
   に全然知らない人に」
 子供「(強引に)そこで待ってて、家に電話してくるから、絶対そこにい
   てよ、絶対だよ!」

(上手に走って退場)

  男「(立ち上がり)ねえ!ちょっと待ってよ!おい!(間)どうすりゃ
   いいんだ…」

男、頭を抱え込み、思いついたように携帯電話を懐からとりだし、それをみ
つめる。




  男「何番だったっけな…(電話をかける)あ、もしもし、俺だけど。…
   …うん、久しぶり。いやあどう調子は……(間)……うん……うん…
   ……え?あいかわらずだけど、体調はまあ戻ってきたよ……うん、ま
   だそれは無理だけどさ、そのうち徐々にはね……(間)……いや別に
   用はないんだけどさ……うん、たかしは?………あ、そうか…うん、
   もう十才だもんなー…そりゃ覚えてるさ、ハハッ……(間)……言わ
   ないよそんな事……(間)……(語気が強まってくる)ちょっと待っ
   てくれよ誰もそんな事言ってないし、これからもそんな事は言わない
   よ、誓うさ…誓うよ、神に…ハハッ…ちょっと待てよ、…別にないよ、
   ないけどさ……いや……(電話切れる)」

男、電話を懐に戻し、舌打ちをする。時計を見つめ、上手の方を見る。そし
て桜の木を眺める。しばらくすると子供が歩いて舞台に登場してくる。子供
ベンチに座る。

 子供「……話し中だったよ、ママ…」
  男「(明るく)そっか……」
 子供「リアリティーの話、しよっか」
  男「うん…」
 子供「(明るく)どこまでしゃべったんだっけ、えーっと…確か個性があっ
   た方がどうとかっていう」
  男「あのさ……ハハハッ、学校楽しい?」
 子供「えっ?」
  男「考えてみたら今日は水曜日だし、この時間はまだ学校なんじゃない
   の?」
 子供「……」
  男「さぼったんだ」
 子供「しょっちゅうさぼってるわけじゃないよ、今日は授業中にお腹が痛
   くなったんだよ」
  男「ハハハハッ、急にお腹が痛くなったのは何回目?」
 子供「(ニヤッっと笑い)数えてないや」
  男「頭は?」
 子供「もうやめてよー」

二人でニヤニヤ笑い合う。

 子供「おじさんもさぼり?」
  男「さぼりじゃないさ、おじさんこう見えても結構忙しいんだから」
 子供「何が忙しいの?」
  男「それ話し出すとまた長くなるからさ。…また今度話すよ」
 子供「いいよ今で。僕別にひまだしさー」
  男「塾とかないの?」
 子供「あるけど、いい」
  男「どうして?」
 子供「(冗談ぽく)十年も生きてるとさ、いろいろ考えたりする事もある
   んだよ」
  男「ふーん」
 子供「(ニコッと笑って)さすがに泣くほどの事は無いけどさ」
  男「大変なんだ?」
子供「大変なんだよ、十年も生きてると…」



   間




  男「……そろそろ行かなくちゃ」
 子供「だからいいって僕は」
  男「うん、また今度ね」
 子供「今度っていつなの?」
  男「今度って言えば今度だよ」
 子供「ちょっと待ってよ、ずるいよ、家に来るって言ったじゃない」
  男「僕は言ってないよ、君がそう言っただけなんだから」
 子供「待ってよ、もう一回電話してくるから!(ベンチから離れながら)
   絶対いてよそこに!いなかったらおじさんの事恨むからね、一生!本
   当に恨むからね!!」

子供、上手へ一目散に退場。
男、立ち上がり、上手を見つめながら即座に携帯電話を取り出し、かけよう
とする。
しばらく悩みキーを押すが結局、やめて携帯電話を懐に戻す。

  男「……リアリティー……」

男、煙草をポケットから取り出し、火をつける。男、煙草を消し、再び携帯
電話を取り出し電話をかける。

  男「もしもし、鈴木ですけど、先生ですか、はい、今日三時に病院に戻
   るって言ったんですけど、…はい……薬は飲んだんで、……はい、…
   大丈夫ですよ…ちょっと用事が長引くかもしれないんで……はい、わ
   かりました、どうもすみません、じゃあ五時くらいには戻りますから、
   ……ハハハッ…どうもすみません。よろしくお願いします。はい」




男、電話を切り、桜を見つめる。子供、戻ってくる。その瞳には、涙が今に
もこぼれそうにあふれている。

  男「(その様子を見て、驚きながら)どうしたの?」
 子供「また話し中だった」
  男「そっか…」

男、時計を見る。

  男「……じゃ、また今度な」

男、上手に移動しようとする。

 子供「(泣きじゃくりながら)ちょっと待ってよ…。どうして、どうして
   他人の振りするんだよ!……もうやだこんなの……もうやなんだよ……
   もっと話ししようよ…パパ……」
  男「(振り返り)でももう僕は父親の振りなんかできないし……できな
   いんだよ、たかし」

曲(※)入る。下手より桜の花びらが風に乗って散ってくる。男、それを
眩しそうに見つめる。子供は泣きやまない。


  男「やあ、桜がきれいだなあ。…ねえ、今から桜もちでも一緒に食べな
   いか、昔よく行ったおまんじゅう屋さんがあるんだ。それ位の時間な
   らおじさんにもとれるしさ、きっと君も気にいると思うんだよ。」



曲高まり、照明F.O



  幕



「真昼の説教」完



※斎藤和義の「桜」







        


                

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