由利高原鉄道リベンジ・山形県乗り潰し・宮城県タイトル奪還の旅

 今回は航空会社のマイルが目出度く特典航空券と引き換えられるだけ貯まったので、それとを利用して去年の夏に土砂崩壊の影響で乗れなかった由利高原鉄道のリベンジもかねて東北地方の未踏破路線を中心に乗り鉄してきました。マイルは行きの伊丹〜秋田、帰りの仙台〜神戸の航空券と交換しました。尚、現地では「青春18きっぷ」を使いました。

2008年4月4日
簡単には乗せて貰えない?

・二条→烏丸御池→四条/烏丸→十三→蛍池→大阪空港
 朝8時頃から阪急京都線の通勤特急のイケてなさにガッカリしながら蛍池まで行き、そこからモノレールで大阪空港に到着したのは10時前。空港でちょっと遅い朝食後、保安検査場を通って地平の9番B搭乗口へ。

・IBEX3081便(大阪空港10時50分→秋田空港12時05分)
 10時40分頃に駐機場へのバスに乗り、秋田行きのIBEX3081便へ。この飛行機に使われているCRJ機は最初に見たときは「ちっちゃ!」というのが素直な感想。10時50分頃に滑走路へ向けてタキシングを開始し、3機ほどの順番待ちの後テイクオフ。どういうわけか気分が悪くなってしまった。それもしばらくするとマシにはなったが、飛行機酔いかも知れない。眼下に富士山を見たりしながらフライトを続け、着陸態勢に入った。また気分が悪くなってしまい、着陸までは我慢のフライトになってしまった。ここまで小型の飛行機というのも初めてなので、慣れていないだけなのかもしれないが。そんな訳で12時05分に秋田空港に到着した。

・秋田空港→秋田駅
 預けている荷物も無いので、そのままターミナルビルを通り抜けて12時20分発の秋田市内方面行きバスに40分ほど揺られ、13時頃に秋田駅前に到着。さて、羽後本荘駅へ行く電車も14時47分まで無いから羽後交通バス本荘営業所行きに乗り換えようとバス停の時刻表で確認したら、本来乗るはずだった便の時刻が1時間ほど遅くなっている。4月1日にダイヤ改正が行われたことすらチェックしていなかった訳である。別に由利高原鉄道が乗れなくなるとか行程が破綻するわけではないので気を取り直して、バスでもJRでも大差ないならとバス代を浮かせるために電車で行く事にして、駅ビル内の店で昼食を食べる事にした。

・羽越本線普通酒田行き(秋田14時47分→羽後本荘15時30分)
 「18きっぷ」に日付を入れてもらって、青森行きの「リゾートしらかみ5号」を見送ったりしながら列車を待っていると、普通酒田行きが701系4両で入線してきたが、羽後本荘で後ろ2両を切り離すらしい。これから何度701系にお世話になるだろうかと思いつつ乗車した。この日は学校が始業式だったのか、高校生と思しき制服姿の乗客がたくさんいたが、それも羽後牛島・新屋と停車していくたびに降りていき、道川で一気に閑散となった。桂根を通過したあたりから日本海が見え隠れする。私は日本海の景色が好きなので何となくホッとする。いつの間にか雨が降ってきていたけど。よく考えたら今回の旅で日本海が見えるのはこの日だけだったんだよなぁ。羽後亀田付近で海沿いから離れて羽後本荘に到着した。

・由利高原鉄道鳥海山ろく線普通矢島行き(羽後本荘15時50分→矢島16時29分)
 この日はちゃんと運転されていたので、いよいよ8ヶ月越しの由利高原鉄道乗り潰しである。「おばこ」と名付けられたYR-1500形の普通矢島行きは既に入線していた。15時50分に警笛を一声鳴らして発車。しばらくJR羽越本線と併走するが、薬師堂手前で左へカーブして別れを告げる。
 列車は非常に長閑な風景の中を走り、前郷に到着。ここで列車行き違いをするが、対向列車はよく考えたら私が当初乗る予定だった列車である。久保田からは羽越本線に走っていた快速「こよし」の名前の由来にもなった子吉川沿いに走る。川辺を発車してトンネルをくぐり、終点の矢島に到着、ようやく秋田県の全鉄道路線を踏破した。一度乗りに来たのに乗れなかっただけに、嬉しさも一入である。

・由利高原鉄道鳥海山ろく線普通羽後本荘行き(矢島16時45分→羽後本荘17時25分)
 矢島16分の滞在の後、折り返しの列車に乗って羽後本荘まで来た道を戻る。矢島で羽後本荘までの乗車券を所望したら、なんと硬券が出てきた。地方のローカル鉄道では結構現役で活躍している会社も多いのかもしれない。50分ほど来た道を戻って、終点の羽後本荘に到着した。

・羽越本線普通酒田行き(羽後本荘17時31分→酒田18時32分)
 乗り換えとなる701系2両編成の普通酒田行きもちょうど到着したところだった。羽後本荘で5分ほど停車して発車した。座席がさらりと埋まる程度で、学校帰りの高校生の姿も見える。先程まで降っていた雨も上がっており、夕焼け空だった。ちょうどこの時期は、この電車が象潟付近の海岸線近くを走っているときに日没の時刻と重なるようで、日本海に沈む夕日を見ながら走る。
 仁賀保・象潟と停車しいくうちに乗客も減っていき、小砂川を出たときには後ろの車両は私一人だけになってしまった。ワンマンだから仕方がないのかも知れないが、8年位前まではこの列車が「18きっぷ」で北海道から関西方面へ行くためのメインルートの列車だっただけに、当時を知る者としてはこの凋落振りは寂しい限りである。山形県に入っても後ろの車両には遊佐から乗って来た人と私の2人だけという寂しい状態で終点の酒田に到着した。

・羽越本線普通鼠ヶ関行き(酒田18時58分→余目19時14分)
 普通鼠ヶ関行きはキハ110形の3両編成で切り欠きホームの0番線に停車していた。発車して、既に日も暮れて真っ暗になった中、15分余りで余目に到着した。

・陸羽西線普通新庄行き(余目19時19分→新庄20時07分)
 この日の最終ランナーとなる普通新庄行きはキハ111形・キハ112形の2両編成で発車を待っていた。本当は陸羽西線経由で新庄へ行く予定では無かったのだが、由利高原鉄道の列車が予定より1本遅くなってしまい、秋田経由では新庄まで辿り着けなくなってしまったからこちらのルートにした経緯がある。実は秋田経由よりもこちらの方が早く新庄に到着できたりする訳だが。
 既に日は暮れているので車窓を楽しむでもなく、ただただエンジン直上の座席に座って音楽を聴きながら新庄まで乗車した。

 この日の行程は新庄にて終了。予約していた駅の近くのホテルへ向かった。


翌日へ

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