2000年秋 最後の釧路往復旅行!?
(オマケつき)

 無事卒業も決まったということで今までお世話になっていた下宿の大家さんへの挨拶や学位記授与式に出席するために釧路へ往復した時の日記です。今回は「旅日記」史上最長の大作(?)になっていますので、どうぞお楽しみください。


〜京都出発編〜

2000年9月16日
最後の「トワイライト」?

ルート
京都→(翌日へ続く)

乗車列車
寝台特急トワイライトエクスプレス札幌行き


 今回は母親と二人で釧路まで行くので、ちょっと早めの11時頃に家を出発、タクシーに乗って京都駅のジェイアール京都伊勢丹前に到着。駅の食堂街での昼食後大家さんへのお土産なんかを物色しているうちに発車15分前になったので改札を抜けて列車を待つことにした。
 待っている間にビールや飲み物・食料などを買い込んでいると12時36分、EF81型電気機関車に導かれて寝台特急「トワイライトエクスプレス」東海道・湖西・北陸・信越・羽越・奥羽・津軽・海峡・江差・函館・室蘭・千歳線経由札幌行きが到着。車両は24系25型10両(電源車含む)で私はB寝台の一人用個室と二人用個室のある6号車のオハネ25-521に乗車。京都からの停車駅は敦賀・福井・金沢・高岡・富山・直江津・長岡・新津・洞爺・東室蘭・登別・苫小牧・南千歳・終点、札幌。到着後、さっそく乗りこんで今夜の宿となる4番の個室に入ったところで12時37分になり、発車した。
 今回は母親も一緒ということでいろいろと沿線案内をしながらの旅になった。一応車掌さんが案内をしてくれるのだが、その補足とでもいえばいいのだろうか、そんな感じだった。母親は高校卒業後、石川県金沢市に住んだこともあるそうで、石川県加賀市に勤めていたこともあるらしいのでその辺りは母親の方が詳しかったのだが。変わっているところは変わっているが、変わっていないところもあるということだった。
 話が前後するが、列車は武生に到着。ここでは列車のドアは開かないが、681系の特急「サンダーバード」を先に通すために停車する。先ほど、敦賀でも485系の特急「しらさぎ」を先に通したのだが、やはり最高速の差があり、後続の電車特急に追いつかれてしまうのだろう。そのあと、金沢でも681系の特急「はくたか」(「電車でGO!2」をやったことのある人ならあのイカす警笛でお馴染みですよね!)を通すためにしばらく停車した。
 富山を発車した後、しばらくすると日本海が見えてきた。この辺りの海はホタルイカと蜃気楼で有名な富山湾で、春に立山連峰からの雪解け水が富山湾に注ぎ込み、雪解け水と富山湾の海水温の温度差で蜃気楼が見えることがあるらしいのだが、私は一度も見たことがない。地元の人でもそう簡単に見られるものではないらしいので当然といえば当然なのだが。
 私達はというと、すでに湖西線内からベッドをセットしており、敦賀でちょっと停車した時はベッドをセットしていたのは私達の部屋だけだったし、会話もなかなか変な会話ばっかりしていた。その中の一部でも…
車掌さんの放送:「まもなく金沢、金沢です。」
母:「あれ?もう福井発車したん?」
私:「何言うてんの?金沢っていったら福井の先やろ?ということは発車したってことやんか」
 私の母親は、自分では見とめていないが天然ボケで方向音痴なのでこうなったら手のつけようがない(爆)。どの方向へ向いて走っているのかもわかっていなかったのではないだろうか?(爆)
 その後も、沿線案内をしながら乗車を続け、本州最後の停車駅、新津を発車した。私は乗車直後にシャワーカードを購入していたので問題なかったのだが、最初入るつもりのなかった母親もシャワーに入りたがっていたので「食堂車へカードを買いにいったら?」といったら購入してきた。カードを見ると、私と同じ時間だった。最初、東京板橋の某さんにシャワー中刑を予告していたのだが、声は筒抜けみたいだし、携帯の電波も圏外だったので断念。東京板橋の某さん、ホントすみませんでした。シャワーを出た後、とどめのビールを購入し、ロビーで飲んでしばらくして部屋へ戻ったらすぐに寝てしまった。

(-_-)zzz…
翌日へ続く