2000年夏休み 京都帰還の旅

〜さらば、釧路よ!〜


2000年8月5日

ルート
釧路→札幌→(翌日へ)

乗車列車
特急スーパーおおぞら4号札幌行き・寝台特急トワイライトエクスプレス大阪行き


 この日は6時00分に起床。前の日に準備をする時間がなかったのでこの日に準備する。あとは残っていた、実家に送るべき荷物を送り、8時ちょうどに出発。最寄8時03分発のバスに乗る。8時25分頃に釧路駅に到着。(ゴ)君が来るかもしれないと言っていたので8時35分まで待っていたが結局来なかったので*、改札を通ろうときっぷを通したら「ピンポ〜ン」という音がして、通せんぼを食らってしまった。特急券を変更したが、乗車券を変更しなかったので、仕方なく有人改札を通って列車に乗りこんだ。しかも駅員さんに怒られてしまった。

 乗車した列車は特急「スーパーおおぞら4号」札幌行き。車両はキハ283系8両。停車駅は、池田・帯広・新得・南千歳・新札幌・終点、札幌。この列車は、最速達タイプの「スーパーおおぞら」で、途中での対向列車との行き違いは、待たせるばかりで、こちらが待つことはない。
 8時40分、定刻で発車。ゆっくりと加速して釧路駅の構内を抜けると一気に加速して高速域に達する。このスピード感がたまらなく良い。途中、浦幌町の厚内までは太平洋が見え、快晴の空を映して気持ちがいいほどの青だった。
 列車はバナナ饅頭とワインで有名な池田、十勝の中心都市の帯広と停車して行き、新得に到着。
 新得(厳密には上落合信号場)からは石勝線へ入る。石勝線へ入っても俊足は衰えることはなく、順調に快走を続け、11時28分、石勝線内では停車することなく新千歳空港への玄関口・南千歳に到着。列車はここから千歳線へ入り、一路札幌を目指してラストスパートを開始。今回は普通列車をつつくこともなく、順調に走っていたが、日本でも珍しい複線待避の西の里信号場を通過した時に、731系が通過待ちの停車をしていた。西の里停車の札幌方面行きはもう絶滅したものだと思っていたが、まだ残っていたので驚いた。
 新札幌に停車して、12時15分頃に1分遅れで終点、札幌に到着。次の列車までは2時間弱ある(「しか」ないという説もあるが)ので、相方と待ち合わせ(って言うか、僕が半ば強引に呼び出したんだけど)をしていたのだが、札幌駅に降りたってしばらくすると電話がかかってきた。

 電話にしたがって東口に行ったのだが、相方の姿が見当たらず、キョロキョロしているとカバンで背中を叩かれた。振りかえると、僕が想像していた格好とはかけ離れた姿をした相方がいたので驚いた。しかも改札を出る時にとうせんぼを食らったのを見られたらしい。いやぁ、気付かないでゴメン(爆)。
 とりあえず、無事合流し、昼飯を食べようと札幌駅の地下街(アピア)のラーメン屋で僕は醤油ラーメン、相方は冷麺を食べ、札幌の某デパートでいろいろと眺めていた。
 デパートもほどほどに、札幌駅東改札近くのみどりの窓口前でしばらくしゃべり、13時55分頃に相方に入場券を渡して僕もホームへ上がろうと自動改札にきっぷを通したが、やはりとうせんぼを食らってしまった(爆)。

 次に僕が乗ったのは寝台特急「トワイライトエクスプレス」大阪行き。車両は24系25型寝台車で電源車を入れて10両。牽引機は札幌〜五稜郭がDD51ディーゼル機関車の重連・五稜郭〜青森がED76-550電気機関車・青森〜敦賀・敦賀〜大阪がEF81電気機関車。停車駅は南千歳・苫小牧・登別・洞爺、ここまでが北海道で、新潟県の新津・長岡・直江津、富山県の富山・高岡、石川県の金沢、福井県の福井・敦賀、京都府の京都、大阪府の新大阪・終点、大阪。通る経路は函館本線・千歳線・室蘭本線・函館本線・江差線・海峡線・津軽線・奥羽本線・羽越本線・信越本線・北陸本線・湖西線・東海道本線。
 14時09分、「トワイライト」にのって帰る僕を羨ましそうに見ていた相方に見送られながら発車(本当にありがとう!>相方)。約22時間の旅が始まった。今夜の寝床はBコンパートの9号車1番下段。まさかこの寝台がとんでもない寝台だと気がついたのは寝ようと思ってからのことだった。
 個室主体のこの列車でも、BコンパートはふつうのB寝台と同じく相席になる。この日相席になったのは京都までこの列車に乗って、京都で新幹線に乗り換えて実家のある博多まで行くという女性だった。長い間北海道に暮らしているようだったが、あまり知らないらしく、僕がいろいろと話していると「良く知ってるねぇ」としきりに感心してくださった。
 ところで、「『トワイライト』に乗る」と友達やら相方やらに言うと、必ず「羨ましいねぇ」とか、「リッチだねぇ」という返事が返ってくる。実は、設備を気にしなかったら札幌から京都へ寝台車を使っていくにはこれを使うのが一番安いのである。たとえば、札幌から函館まで「北斗14号」で出て、函館から「日本海」を使うとすると、札幌から函館までの特急料金と、函館から京都のB寝台特急料金が必要になる。これを「トワイライト」利用にしてみると、実は札幌〜京都のB寝台特急料金は、函館〜京都の料金と同額なので乗り換えの少ない「トワイライト」利用が一番安いのである。もっとも、相方の場合は寝台車に乗れるのが羨ましいらしいが。
 さて、列車は南千歳、苫小牧と停車し、道内でも有数の温泉地・登別に到着。件の女性は、登別駅の近くにある遊園地の正体がわからず、僕に聞いてきたのだが僕が「登別マリンパーク ニクスですよ」と答えると「ああ、これがニクスか。」と感心していた。そのあとコンビナートのある東室蘭でも僕の説明でしきりに感心していた。ひょっとしたらあまり道内を巡っていないのだろうか。
 そのあと、有珠山の噴火で観光産業に多大な影響を受けた洞爺に到着。どうも観光産業の落ち込みはシャレになっていないらしい。洞爺湖温泉は現在元気にやっていますので、どうぞいらしてください(ちなみに僕は洞爺湖温泉観光協会の回し者ではありません)。
 さて、列車は道内最後の停車駅・洞爺を発車すると翌朝、新潟県の新津まで客扱い(客の乗り降りのため)の停車はない。とはいえ、一応途中の駅で列車行き違いや機関車付け替えのための停車はあるのだが、ドアは開かない。
 長万部を通過した列車はここから再び函館本線へ入る。そう言えば、先ほどから内浦湾(噴火湾)が見えているのだが、それを見てどこぞのガキンチョが「日本海だ!」とか言っていたのには笑ってしまった。これは太平洋だって。日本海は象潟より向こうでしか見えないっちゅうの!(爆)。
 まぁ、そんな感じで列車は函館の一つ手前の五稜郭に到着。「トワイライト」はここで列車の進行方向を変えて江差線へ入る。今までお世話になったDD51型ディーゼル機関車から、青函トンネルの通過に対応したED76-500型電気機関車にバトンタッチする。連結時の衝撃はさほど揺れもなく、かなり熟練した機関士さんだと思うがどうだろうか?件の女性はここで積み込まれた「青函トンネル弁当」を夕食として食べていて、僕に、それについていた「いかめし」をくれると言うのでいただいた。本当にありがとうございました。ちなみに僕は札幌駅であらかじめ購入しておいた「鳥めし」を夕食として食べた。味としては・・・まぁこんなもんか?
 18時52分に五稜郭を発車。函館湾でイカ釣り漁船が操業している。その女性に知っていると思って「あの明かりってイカ釣り漁船なんですよね?」と言ってみたが、「エエ?そうなの?」という返事が返ってきた。どうやら知らなかったらしく、僕のその一言がかなり感動したらしい。「お兄ちゃんの親御さんって教員なのかい?」と、しきりに聞かれたが、僕の親は大工なので「違いますよ。ただ、知らないこと以外知っているだけです。」と返しておいた(爆)。
 19時45分頃、青函トンネルに突入。「トワイライト」に乗っていると青函トンネルに関するちょっとした説明があるのだが、僕は何回も聞いているので行かなかった。そのついでにオレカを売るんだけど。もしアレだったら最近落ち込んでいるJR北海道の売上貢献のために愛の手を差し伸べたらどうだろうか。ちなみにJR北海道の回し者でもない(爆)。
 約40分後にトンネルを抜け、長かった北海道とも別れを告げて青森県にはいる。昼間だと陸奥湾が見えるのだがあいにく夜なので何も見えなかったし、それ以前にそのときはシャワーに入っていた。長門の某さんに、板橋の某さんができなかったというシャワー中刑を敢行する(爆)。シャワー終了1分前になるブザーを中刑したら結構受けていた。お忙しいところすみませんでした。(^^;
 20時45分頃、列車は青森に到着。ここで再び向きをかえ、機関車も今までの青函トンネル限定の機関車ではなく、直流・交流50ヘルツ・交流60ヘルツ対応のEF81型電気機関車にバトンタッチする。相方に改めて電話でその日のお礼を言い、新潟の某さんに485系3000番代が入ることを報告し、釧路の相棒に順調に帰っている報告をしてロビーでとどめにビールを飲んで自分の寝台へ戻り、早いけど寝てしまった。

(-_-)zzz...
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